ラオスにとってのベトナム戦争2

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  • 投稿カテゴリー:ラオス
  • 投稿の最終変更日:2021-09-13

ベトナム戦争時、北ベトナムと南ベトナムをつなげる物資輸送ルート、通称ホーチミンルートがラオスの国内を通っていました。そのルートは大変重要なルートであったため、アメリカ軍は執拗に攻撃しました。アメリカ軍は山の先住民族であったモン族の人々をうまく雇い、訓練し、武器を供与して、そのルートを破壊をさせたそうです。

 

当時のラオスの国内では、当時のベトナムと同じように諸外国からの完全独立を求める組織と先進国に依存した体制を望む組織による内戦が頻繁に起こっていました。つまりは、先に書いた大戦以前の流れが続いていたとも言えるわけです。ベトナムの独立を求めるベトミンはラオス独立派である左派を支援し、逆に外国の介入を認める右派王朝派をアメリカが支援していました。よって、ベトナム戦争が激しくなると同時にアメリカ軍のラオスへの攻撃は激しくなっていきました。アメリカ軍の空爆はホーチミンルートに対して特に激しく、約10年間に2億6000万発、200万トン以上の爆弾が落とされたといわれています。それは雨のように降ってきたと語り継がれているそうです。この戦争はラオスに対する宣戦布告がなされていないので、シークレットウォーと呼ばれました。

 

また、先に書いた先住民族であるモン族の中には元々左派に属する人も多く、同じ民族が二分されるという事態になってしまいました。戦後、右派アメリカ軍側についた数万人ものモン族の人々が虐殺されてしまったそうです。