ラオスにとってのベトナム戦争3

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  • 投稿カテゴリー:ラオス
  • 投稿の最終変更日:2021-09-13

ラオスに降った爆弾の3割が不発弾として残り、それらが後々ラオス国民を苦しめました。ベトナム戦争後の不発弾による事故で、3万人近い死者、2万人以上の負傷者を出しているといわれています。現在でも死傷者が出る状況でその完全な爆弾除去が求められますが、それには計り知れない時間がかかるといわれているようです。

 

2016年、オバマ大統領が公式にラオスを訪問、その責任を認め爆弾処理に対する支援を表明しました。これより前、2016年5月にオバマ大統領は広島を訪問しています。

 

1975年、ベトナム戦争に代表されるインドシナの戦争は、革命勢力の勝利で終わりました。ラオスでも革命勢力がその地位を確かなものにし、議会を開き王朝の廃止を決定しました。ここで初めてラオスという国が今の形となりました。

 

投下された爆弾はクラスター爆弾といわれるもので、2メートルほどのロケット型の筒に数百発の野球ボールのような爆弾が入っており、そのボールの中には小さな鉄の玉が入っていて、爆発と同時にその玉が飛び散るという殺傷力の高い兵器です。不発弾はUXOと呼ばれ、オーストラリアを中心に多くの国がラオスでのUXO除去活動を支援しています。

 

UXOについて外務省のホームページに分かりやすく書いてあります。https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/mail/bn_343.html